
技工養成所
日本統治時代は鉄道技工見習教習所、戦後は技工養成所と呼ばれ、鉄道技術者を育てる施設として使われました。当初はディーゼル機関車工場の位置にありましたが、工場建設のために壊され、建て直されました。
新しい校舎はモダニズム様式でありながら、左右対称の配置に歴史主義の名残も感じられます。1階北側の廊下には、中華風のスタイルを応用した木製の飾り格子がつけられていましたが、腐食が進んでいたため、修復後は金属製の格子に変えて元の姿を復元しました。
1982年に養成所としての役割を終えてからは、台鉄職員の研修所や労働組合事務所として使われました。独立した出入口を持ち、工場から完全に分離した動線を確保できます。鉄道博物館はこうした背景を受け継ぎ、イベントや講座のための教室、多目的スペースとして整備し、新たに建設したサービス棟につなげています。